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ジーク

先々代のテリーが死んでしまって、呆然としたまま日が過ぎた。
帰宅しても、テリーが居ない。
「いってらっしゃい」も「お帰り」もしてくれないし、
寂しくて泣いてても慰めに来てくれない。
家にテリーが居ない=家に生き物が居ない くらい寂しかった。
なんとか会社に行って仕事して家に帰って泣いて・・・の生活を送っていた。
あまりその頃の事は覚えていない。
親は、もう悲しい思いはしたくないから、動物は飼わない!と反対していた。

だが、あまりの私の落胆振りに、親が折れた。
情報誌に、「シェルティ産まれました」と載ったら、見に行ったりもした。
2軒くらい見に行ったが、なかなか「この子」と思える子に出会えなかった。
テリーが死んでしまった事を、福岡のテリーの親元さんに伝えた時、近所に仲良くしてる
ブリーダーさんがいるから見てくるよと言って下さった。
「テリーに似た子が良いです」とお願いした。
そして、2枚のポラロイドが送られてきた。
フルカラー、4つ足に白いソックスが入っている男の子は、この2匹だということだ。
母が、ぼーっとしてる方を選んだ。ここでも、また決めたのは母だった。
航空運賃込み3万円と格安。
通販だからか!?
生後2ヶ月弱になったので、伊丹空港まで引き取りに行った。
犬はカーゴ(荷物)ターミナルの方に着く(ちょっとひどいと思った)。
ケージを開けるといなかった・・・覗き込むと、一番奥の隅っこにへばりついていた。
抱っこしたら、震えていた。この子も大人しいんだと思った。
車の後部座席で抱っこしていると、私の手を噛んだり服を噛んだり、突然豹変した。

子犬が来て、家の中に電気が付いた様に明るくなった。
ダンボールハウス(我が家は代々ダンボール)に入れると、きゅんきゅん鳴きながら
飛び出してくる元気者。
名前は、ちょうどその頃見たバレエだったかオペラだったかに出ていた、
王子様だか神様だか・・・このあたりもいい加減な記憶f^_^; 。
ジークとなった。

耳セットのことなど知らなくて、ただ耳ダニがいたので獣医さんに連れて行った。
「やっぱりシェルティ飼ったんですね」って苦笑いされた。
それからは病気もせずどんどん大きくなった。
ご飯は安いドライフードのみ、何一つ気を使わなかった。
体重は最盛期12キロ近くまでいってしまった。
10キロ代までダイエットさせた。
福岡のブリーダーさんは、電話する度、色々教えてくださった。
当時、犬用のシャンプーもあったが、人間用が一番検査基準が厳しいから安全です、
ということで、私と同じものでシャンプー&リンス。
私と同じ香りがした。

トイレも3日ほどで覚え、無駄吠えも、インターホンの時にワンワン程度。
噛んだりもしない。
特別躾たわけでもないが、自分で自分の立場をちゃんと理解していた。
大人になってから、放し飼いの犬に襲われて、母ともども噛まれた。
それ以来、他の犬にがうがうするようになってしまったが、年とともに
それも穏やかになった。
晩年は、「ご隠居さん」と、公園のお散歩仲間から呼ばれ、可愛がってもらった。
プリン君とはその頃からのお友達。

13歳を過ぎた頃、皮膚におできが出来た。
獣医さんに行くと、悪性かもしれないが、ここでは検査できないと言われた。
ずっとお世話になった獣医さんだったが、設備的には旧式だったので、
セカンドオピニオンが聞きたくて、最新設備の入った別の病院へ行った。

脂肪細胞腫。診るなり言われた。
悪性のガン。放置すると、どんどん増えるらしい。
以前診た犬は、朝連れてきた時は虫さされかと思った出来物が、実は脂肪細胞腫で、
夜にドッチボールくらいに腫れ上がったらしい。
その犬はそのまま息を引き取った。
それ以来、その先生にとって、脂肪細胞腫は天敵になったらしい。
「絶対に手術出来ます!」と断言して下さって、13歳を越えた老犬のトータル面から
面倒を見てくださった。
まずは手術に耐えられるように、肥大してきていた心臓を少しでも正常に。
弱ってきていた後ろ足、腰骨などへの注意。
そして、13歳の春に脂肪細胞腫をとる大きな手術を受けた。
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手術が終わって、少し元気になった。
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剃られた毛も、元に戻りつつあった。
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手術をしてから、表情も出てきた。
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老化と共に、コリーノーズにもなったが、それも治した。
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ジークの晩年は、父も仕事をやめたので、二人でいつもべったりくっついていた。
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ジークも父といるとご機嫌さん。
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夏が終わる頃、いつも呼吸が苦しそうだった。
暑いせいだと思っていた。
肺炎だった。
気付いてやれなかった。
獣医さんに連れて行ったら、すぐに酸素室に入れられた。
ご飯も全く食べなくなっていたので、缶詰の療法食を温めて出してもらったら、
美味しそうに食べていた。
もっと、上等で美味しい物をたくさんあげれば良かった。
あまり考えもしないで、安いフードを適当にあげていた。
食欲がなくなった時、ダイエットになるなど思わないで、もっと頭を切り替えるべきだった。
しんどくて食べれなかったのに。。。
それでも、ジークは元気に戻ってくると信じていた。
家では、呼吸が苦しいと思い、先生と相談して、酸素室で1泊させてもらうことにした。
日曜の夕方だった。
獣医さんが閉まるぎりぎりまで、邪魔だろうに、家族3人、酸素室の傍で
ジークを看病させてもらった。
といっても、見ているだけだったが。
月曜の朝一番で見に来ます、と言って、病院を後にした。
その時、最後に酸素室に手を入れさせてもらって、ジークをなでた。
父の手を一番恋しがった。
仕事を辞めてから、父はジークにかかりきりだった。
ジークも父を頼りにしていたようだった。
そして、月曜の朝、まさに病院にジークを見に行こうとした時、電話が鳴った。
朝早くや夜遅くの電話は、たいがい良い事であった例がない。
獣医さんからだった。
朝、出勤してきたら、ジークが死んでいたそうだ。ついさっき息を引き取ったようで、
まだ体に温かみがあったそうだ。
きちんとしてからお渡ししたいので、お昼前に来てください、と言われた。
母はもう半狂乱で泣いた。
父は呆然としていた。
私はどうしていただろう。
約束の11時に、父と私で獣医さんに行った。
きれいな箱に入れてもらって、手入れもしてもらってお花も入れてもらって、
まるでただ寝ているかのようだった。
獣医さんからの帰り道、父がまるまる公園に回り道してくれた。
ジークが晩年、大好きだった公園。
公園にお別れをして、家に連れて帰った。
母は泣きに泣いていた。
プリン君のお母様が、お花を持って駆けつけて下さった。
一晩、ジークの横で一緒に寝た。
次の日、荼毘に付した。
14年と1ヶ月、私たち家族と一緒に居てくれた。
ジークのお陰で、家庭が何とか成り立っていた頃もあった。
私たちに幸せをくれた。
もっと他に何か出来たんじゃ?
酸素室に入れずに、家に連れ帰っていたら、せめて傍で看取れたかも。。
たくさんの後悔と涙。
それでもジークが治ると信じていたかった。
連れて帰ることを選ばず、酸素室で呼吸を楽にして、それからまた治療を再開しよう。
なんてお気楽な考えをしていたんだろう。
もう一度、温かいジークを抱けると思っていたのに。
ジーク、ほんとにごめんね。
一人ぼっちで死なせてしまって。


J40





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No title

御父さんに抱っこされたジーク君とても幸せそうな顔ですね。家族に愛されてたのが良くわかります。又、私もCOCOちゃんの事思い出してしまいました。少しでも楽にって事で酸素室にもよく入ってたので。冷たくなったCOCOちゃんを抱っこしていつもの公園の走っていた所を夜に歩きました。
返事の出来ないCOCOにずっと泣きながら話しかけ歩きました・・・・・
クリスマスイヴの夜。
最後の一瞬に一緒にいるのもって考えますが、14年と1ヶ月をいかに楽しく、幸せに暮らせ又愛されてたかがジーク君にはもっと大切な事だったと思いますよ。そして初めての出会いの時からの事こんだけ覚えて貰って思い出して貰って・・・虹の橋のたもとで今頃自慢してるんじゃないですか?
「僕はこんなに愛されてこの家族とくらしてたんだよ」って。

No title

ジーク君、可愛いお顔していますね。
とっても幸せに育った顔です。
先代のシェット君は深夜誰かに殴られ、その2週間後に息をひきとりました。
13歳、病気もしたことがなく、まだまだ元気だったのに・・・
天命を全うできなくてシェット君も苦しかっただろうし
家族も悔しくて辛くて耐え難い思いをしました。
突然の出来事で・・・満足なことをしてあげられませんでした。
ジーク君、最期を看取ることはできなかったけれども
きっと家族みんなの顔を思い浮かべながら旅立っていったことでしょう。
ずっと幸せだったと思います。
今もアイラの姉さん、ご家族に感謝しつつ、空から見守っていますよ!

No title

PS ジーク君のソックスJIN君とは反対ですが大好きな履き間違いの慌てん坊さんですね。最後の写真が似てたので嬉しかったです。富士額のとこのちょびっと残った白い毛の具合も・・・ちんばのソックスの長さも同じ位で
・・・でも帽子被った写真の眼はアイラちゃんに似てるかな?
消された御父さんの顔はきっとでれでれなんでしょうね。
名前の由来はきっと「白鳥の湖」で王子の名前じゃないかな?広く浅くが
モットーなので詳しい事は記憶が曖昧ですがたしかジークなんたらって名前だったと思います・・・バレーなら。

No title

ジーク君の14年1ヶ月は幸せな日々だったと思います!!
今でもこんなに愛されているんですもの
思い出して話題にすることが何よりの供養になるといいますから
きっと虹の橋の向こうでも幸せ感じているジーク君なのでは…
アイラの姉さんご家族を見守っていてくれていると思います。
本当に優しいお顔のジーク君ですね。

No title

涙が止まりません。
アイラの姉さん自分を責めないでくださいね。
私が同じ立場でもきっと同じことをしたと思います。
ジークくん家族みんなに深く愛されてたのですね。
それが一番の幸せだったと思います。
そして今でもこうやってアイラの姉さんの心の中にしっかり生き続けている。
幸せな思い出を大事にとっていて下さいね。
そんなことを言ってる私もライナとゆうがいつかいなくなったら生きていけないかも・・・という不安が・・・

JINパパ様

JINパパ様も、COCOちゃんをお気に入りの公園に連れて行ってあげたんですね。
その気持ち、すごく良く分ります。
寒い夜だったでしょうに。。。
私も冷たいジークの体に添い寝してて、夜中にこっそり耳元で
「誰もいてないから起きても良いよ」って何度も言いました。
もっと早く呼吸が苦しそうな事に気が付いて、病院に連れて行っておけばと、
どれだけ後悔したか。
酸素室で、最後にバイバイって言った時にジークの顔が
「行かないで」って言ってるようだったのに、「明日の朝に来るからね」って
置いてきてしまった自分が鬼のように思えました。
ジークもソックスがずれていて、友達に「ジーク、片方ソックスずってるで」って
言われて笑った事があります。
JIN君もそうですね(笑)。
COCOちゃんとお別れした日、JIN君が生まれたんですよね。
ほんとに運命ですね。
COCOちゃんが、JIN君を置いて行ってくれたんですね。
ジークの名前、ジークフリード王子様から取ったんでした。
さすがJINパパ様です!
ジークが、うちの家族で居てくれた事、私たちは絶対忘れません。
ジークが、あの世で良かったって思ってくれてると嬉しいなって思います。
あの世に行ったら、私はまずは今までの子達に、それぞれ謝らないと
いけないことばかりです。

りあんママ様

ジークを褒めて頂いて有難うございます!
おじいちゃんになってからは、特に表情が柔らかくなりました。
幸せだった顔してますか?それなら嬉しいな。。。。
りあんママ様のシェット君の日記、読ませて頂きました。
当時は犬は半分番犬って感じでしたものね。
外で飼って、家族以外の人に鳴いてこそ役に立つ、と思われていましたし。
今とは違ってましたよね。
シェット君の分まで、今はりあんちゃんがとっても幸せだと思います。
ペットショップでりあんちゃんにピンと来たのも、もしかしたら
シェット君の生まれ変わりだったのかもしれないですよね。
どこかにシェット君の魂も入っているのかも、ですね。
私は、今まで飼った子、全ての最期の時に、傍に居られませんでした。
こんな人間が、犬を飼い続けていて良いのかなと思う事もあります。
ジークが少しでも幸せな人生だったなって思ってくれてる事を祈るだけです。

ラーまあママ様

思い出す事が供養になるんですね。
それなら、こうやって、飼い主の不出来を日記に書くことにはなりましたが、
ジークの事も、今までの子の事も忘れずにいていたいし、覚えていたいから
日記にして良かったのかもと思えました。
母は、今でもジークに会いたいと泣きます。
母はジークになってから、犬嫌いを完全克服したので、思い出深いようです。
私も会える事なら、もう一度でいいから会いたいって思います。
がんの手術、その後の治療、酸素室・・・全ての選択を私が決めてしまいました。
果てしてそれで良かったのか、今でも自信が持てません。
自然に任せた方が、もしかしたら長生きできたのかも。
せめて痛い思いはさせずに済んだのかも。。。など、今でも後悔と迷いが取れません。
もし最期の時に戻れるなら、絶対連れて帰って、ジークが
冷たくなるまで抱きしめてやりたいって思います。
今、暖かいアイラを膝の上に乗せて、尚更ジークの事が思い出されて。
アイラは爆睡で、私が泣いてようがお構いなしで寝ていますが。。。
もしアイラの最期の時に立ち会う事が出来るなら、今度こそ絶対に
腕の中で抱きしめていようって思います。

めぐたん様

泣かせてしまってすみません!
めぐたん様も同じ選択をされるって聞いて、ほっとしてる自分がいます。
ジークのがんの手術、治療に関しては、私が一人で決めたも同然だったので、
こういう結果を招いた責任は全て自分にあると思っています。
アイラが特にいたずらばかりするので、いつもお兄ちゃんたちは
こんなじゃなかったのよって怒られてます。
私たち家族の中では、犬が生活の中心でした。
旅行するにも、ちょっと出かけるにも、みんなで調整して
誰かが家にいるようにしたり、無理なら連れて行けるようにしたり。
父が家に居るようになってからは、毎日がジークのその日一日やった事が、
食卓話題でしたから。
ほんとに家族の中心を失ってしまった空虚感は言葉には出来ません。
ジークが賢かった事、たまに困った事をした事、
全部全部覚えておきたいって思います。
ライナちゃんもゆうちゃんも、まだまだ若いんですし、今は心配する事では
ないかもしれませんけど、お別れの時って絶対に訪れますよね。
そして、もしかしたら、その前に病気やけがでの治療の選択など。
アイラに関しても、今までの失敗、後悔、迷いを生かせるように、
何よりアイラが幸せだったって思えるような生き方をさせてやりたいって思います。

No title

何度も読み返しましたが、また涙が止まらなくなるのでもぅやめます(ーー;)
犬は自分で具合悪いと伝えられないから、飼い主がよくチェックしてあげないといかんですね..
マックスは7歳を過ぎたので、ドライフードはシニアに変えました。
シニアだって~ おまえ年なんだなぁ、とまだ笑っていられますが..
犬を飼ったのは初めてなので、最後に後悔しないよう接したいと思います。

むーむーけいこ様

泣かせてしまってごめんなさい!!
生き物と一緒に生活すると、絶対に別れってあるとは分かっているんですが、
私はまだこの子には十分してあげれたから・・っていう気持ちになれた事はないです。
毎日顔見ているのに、触っているのに、しんどさや痛みに気が付いてあげられなくて。
そんな自分に腹立つやら悲しいやら。。。
マックス君も7歳なんですね。若く見えるから、全然シニアに突入したとは思えないですが、
先代犬と比べてもまだ半分です。
でも、そろそろ健康に気を付けてあげる時期なんでしょうね。
うちは10歳越えてから、獣医さんに「もう老犬ケアしなさい」と怒られました。
それまで気が付かず、フードもがっつりやっていて、太らせ過ぎてたし。
今までの子に、たくさんたくさん勉強させてもらいました。
一つも、その命を守ってあげられなくて、不出来な飼い主です。
今度こそは、後悔だけはしたくないって思っています。
マックス君、14歳よりもずーっと長生きしてよっ!!

No title

ジークくん、アイラの姉さんに会うためにお家に来たのでしょうね。
とても優しいお顔、充実した日々を過ごしていたのが伝わります。

きっとお家の子として迎えてくれて、ありがとう~って思ってますよ。
ジークくんたちとの良い思い出を思い出しつつ、アイラちゃんとの日々を楽しく過ごしてくださいね♪

じゅんちゃん様

有難うございます!
ほんとに先代までのシェルティは素晴らしい子達でした。
なぜか過去形ですがf^_^; 。
アイラときたら・・・・など思っていられる現在が、
きっと幸せなんだろうなって思います。
先代までは、ブログなど書いていなかったので、みんなの中で記憶が曖昧なところや、
きっと忘れてしまっている事が一杯あると思います。
アイラの事は、日常のつまんないような事でも、後で残らず思い出せるように
していきたいなって。
17日に、シオちゃんのお里(アイラも同じ)で、シェルティの勉強会があります。
昨日たまたまお電話したら、今からでも参加OKと言ってくださったので、
参加してこようと思います。
少しでも、いろいろな事勉強したいですから。
あ、愛知県は通過しまーす♪
プロフィール

アイラの姉

Author:アイラの姉
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