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ウイリー

ポピを死なせてしまって悲しかった。
そんな時、父がタバコを買いに立ち寄った百貨店のペットショップで、ペキニーズを見つけてきた。
犬嫌いだったはずの母も一緒に、3人で見に行った。
初めて行くペットショプ。
なんとなく店の部分部分の記憶がある。
ペキニーズを見た時の記憶はない。
母が、ペキニーズの隣に居たポメラニアンが可愛いと言い出した。
犬、嫌いなはずなのに。
母の意見が通り、帰りにはダンボールに入ったポメラニアンを抱えていた。
白いお菓子みたいな子だと思った。
子供心にも「可愛い」と思えた。
帰り道、喫茶店に寄って、牛乳を貰って飲ませたような気がする。
犬好きの父ではあったが、当時の感覚では「犬は外飼い」。
ポメラニアンなのに、庭で飼っていた。
ランドセルに付いていた鈴の音を覚えて、必ず門の前で待っていてくれた。
躾などしなかったが、吠えたり噛んだりは一切しなかった。
かなり無茶な扱いをしたけど、怒った事もない。
いつもニコニコ穏やかな男の子だった。
ウイリーという名前は、母がつけた。
ミツバチのアニメの、ぼけーっとした男の子の名前らしい。
犬嫌いなくせに、犬種も名前も母が決めた。未だに謎(笑)。
庭で自由気ままに過ごしていた。
たった一つの問題は、散歩に連れ出した時、うっかりリードが手から離れると
猛ダッシュをして走り去ってしまう事。
「ウイリー!」と呼ぶ、こちらの声など全く無視して走り去る。
近所の子達と、必死で追いかけて捕まえた事が2、3回。
当時の家は、和歌山との県境の田舎で、庭がとても広かった。
庭だけで運動は事足りたので、散歩はほんの5、6回しか行かなかった。
その頃は、フィラリアの知識もなく、毎月の投薬なども知らなかった。
外で飼っていたので、フィラリアの虫が心臓まで入り込んでから
初めてフィラリアという病気を知った。

フィラリアの治療を始めた頃、今の家に引っ越して来た。
初めての、車での長距離移動にも酔わなかった。
引っ越して間もなく、お客さんが来られた。
門扉を閉めるのをうっかり忘れていた。
お客さんが帰る時、ウイリーがいない事に気が付いた。
全然知らない町内を、泣きながら探した。
かかりつけの獣医さんもまだなく、引っ越して来たばかりで地理も分からない。
ご近所の方も全然知らないし、お散歩仲間もいない。
居なくなった夜に雨まで降ってしまった。
きっと匂いも消えてしかったのかもしれない。
保健所も近くにはなく、歩き回って探しただけだった。
親も引越し後のバタバタで、ウイリーにばかりかかわっている時間もなく、
結局、重い症状のフィラリアを抱えたまま、ウイリーに二度と会えなかった。

小学校から帰ってきたら、雨の日も雪の日も、必ず門の前でウイリーが
首をちょっと傾げて待っててくれた。
足や尻尾を踏んでしまっても、雪玉をぶつけても、一度も声を出さなかった。
ウイリーの声を聞いたのは、たった一度だった。
何の時か覚えていないが、可愛い顔の割に、ものすごい低いしわがれ声だった。
声が悪いから、吠えたくなかったのかもと思ったくらい。

今の自分なら、万が一アイラが迷子になっても、もっと色んな手段で探せると思う。
獣医さん、保健所、ご近所の方、お散歩仲間、ネット、チラシ・・・
何であの時もっともっと頑張って探せなかったんだろう。
フィラリアで体の状態も悪く、知らない場所で不安だっただろうウイリー。
いつも私を、あんなに一生懸命待っててくれたのに。
私はウイリーを探せなかった。
動物嫌いだった私だが、この時はもう、ウイリーのことが大好きだった。
弟分と思って、ずいぶんお姉ちゃん風を吹かした。
そんな私を、ウイリーはニコニコ受け止めてくれていた。
今思えば、ウイリーのほうが大人だったんだろうな。

ウイリーには、お墓も骨もない。
写真はいつも飾っている。すっかり色褪せてしまったけど。
ウイリーの寿命が尽きるまで、お帰りって言って欲しかった。
最後までウイリーの命に責任持てなかった事は、後悔以外のなにものでもない。
ウイリー、ほんとにごめんね。

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